民法改正で賃貸物件から退去するときの「原状回復」の義務が変わる?
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平成30年度の神戸市統計報告によると、平成30年中に5万人余りの方が神戸市外から市内に転入しています。一方、神戸市内から市外に転出した方も5万人弱います。
転入転出に伴って住んでいた賃貸物件を退去するときには、原状回復の費用負担をめぐってトラブルになることもあり得ます。
原状回復については、令和2年4月に施行された改正民法で明文化されています。
これから引っ越し予定の方や原状回復のトラブルを抱えている方にとっては、改正も踏まえた原状回復についての理解を深めることが、スムーズな解決や予防策につながることでしょう。
本コラムでは、賃貸物件の原状回復についてベリーベスト法律事務所 神戸オフィスの弁護士が改正点も踏まえて解説していきます。
1、「原状回復」の定義
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(1)原状回復に関する従来の問題点
賃貸借契約が終了したときには、物件を借りていた賃借人は住んでいるときに生じた損傷について「原状回復」の義務を負うと解されています。
この「原状回復」の定義や範囲は、現行法では法律上明文化されているわけではありません。
そのため、たとえば退去後の鍵の交換費用・日焼けした畳の交換費用・各種工事費用などの費用負担をめぐって、賃貸人と賃借人で争いになる問題が生じていました。 -
(2)国土交通省のガイドラインによる定義
国土交通省では「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」を公表しています。
ガイドラインで原状回復とは、下記のように定義づけています。賃借人の居住、使用により発生した建物価値の減少のうち、賃借人の故意・過失・善管注意義務違反、その他通常の使用を超えるような使用による損耗・毀損を復旧すること
原状回復の費用は、賃借人である入居者負担になります。
一方、経年劣化や通常の使用による損耗などの修繕費用は、原状回復には含まれないとしています。これらの費用は賃料に含まれるものであって、賃貸人の負担すべきものになるとしています。
2、令和2年4月の改正民法施行で原状回復はどう変わる?
令和2年4月1日には、約120年ぶりの大改正となる改正民法が施行されました。
この改正民法では、賃貸借契約の原状回復についての規定が明文化されています。
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(1)改正民法における原状回復の規定
改正民法の原状回復に関する規定は、次のとおりです。
第六百二十一条
賃借人は、賃借物を受け取った後にこれに生じた損傷(通常の使用及び収益によって生じた賃借物の損耗並びに賃借物の経年変化を除く。以下この条において同じ。)がある場合において、賃貸借が終了したときは、その損傷を原状に復する義務を負う。ただし、その損傷が賃借人の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない。
条文の内容をまとめると、次のとおりです。
●原則
入居後に生じた損傷は賃借人に原状回復義務がある
●例外
入居後に生じた損傷であっても「通常の使い方をしていても生じる変化」と「年月の経過によって生じる変化」や「賃借人の責任によって生じたわけではない損傷」については賃借人に原状回復の義務はない
なお、改正民法の原状回復に関する規定は上記のとおりですが、契約で異なる定めをすることが可能です。そのため、契約書などで上記と異なる内容を取り決めたときは、消費者契約法等の民法以外の法律に抵触する場合を除き、原則として、契約書で定めた条件が優先されることになります。このように、契約で法律のルールとは別の定めをすることができる規定のことを「任意規定」といいます。 -
(2)原状回復の具体例
では、改正民法のルールに基づいた場合に、賃借人に原状回復義務があるケースと原状回復義務がないケースを具体的にみていきましょう。
法務省は、次のような具体例を挙げています。
●原状回復義務があるとされるケース(入居者負担)
引っ越し作業で生じたひっかき傷
日常の不適切な手入れや用法違反による設備などの毀損
飼育しているペットが柱などをひっかいたりした傷
ペットのにおい
たばこのヤニやにおい
●原状回復義務がないとされるケース(賃貸人負担)
家具の設置による床やカーペットのへこみ・設置跡
「電気ヤケ」といわれるテレビや冷蔵庫などの後部壁面に生じる黒ずみ
地震で破損したガラス
鍵の取り替え(鍵の紛失や破損がない場合)
ただし、上記はあくまでも一例として挙げられているものです。原状回復義務の有無に関しては、それぞれの具体的な事情を踏まえて判断することが重要です。
3、民法改正によって変わる賃貸借契約のルール
原状回復義務の明文化以外にも、民法改正によって変わった賃貸借のルールがいくつかあります。
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(1)賃貸借契約中のルール
賃貸借契約の継続中においては、ふたつの点で改正の影響があります。
●賃借人による修繕の要件
改正後によって、賃借人の修繕は「賃借人が賃貸人に修繕が必要である旨を通知または賃貸人がその旨を知ったのに相当の期間内に必要な修繕をしないとき」または「急迫の事情があるとき」には、賃貸人から責任を追及されないことが明確になりました。
これにより、たとえば建物が台風の被害を受けた場合で、すぐに修理しなければ家財道具が破損してしまったりするときには、賃貸人が修理の手配をするのを待たず、賃借人が自身で速やかに修繕することが可能になります。
ただし、このルールも任意規定です。したがって、契約書に別の定めがされている場合は契約書で定めたルールが優先しますので、注意するようにしましょう。
●賃貸物件の所有者が代わった場合のルールの明確化
賃貸借契約中に建物の所有者が代わった場合には、原則として新所有者が賃貸人になるルールが明文化されています。
これまでは建物の所有者が代わった場合、だれに家賃を支払うのか問題になることがありました。しかし改正に伴い、新所有者が所有権移転登記をしていれば、賃借人は原則として家賃を新所有者に支払えばよいということになります。 -
(2)敷金に関するルール
賃貸借終了時のルールにおいては、原状回復義務のほかに敷金についての明確化が計られました。改正では敷金の定義づけを行い、「保証金」などの名目で差し入れた金銭であっても敷金として扱われることが明文化されています。
そして「賃貸人の敷金返還債務は、賃貸借契約が終了して賃借物が返還された時点に生じること」や「賃貸人は、受領(じゅりょう)した敷金の額から賃貸借に基づいて生じた金銭債務の額を控除した残額を賃借人に返還すること」なども明確になりました。 -
(3)債務の保証に関するルール
将来発生する不特定の債務を保証する契約である「根保証契約」について、個人の契約の場合は、極度額(上限となる金額)を定めない契約であれば無効になるというルールが改正により新設されています。
賃貸借の場面で簡単に説明すると、賃貸借の場合は保証人を立てて、家賃滞納などがあったときは保証人がその負債を負うという契約が行われるケースが当てはまります。
これまでは、債務の上限が定められていなかったため、保証人が多額の損害を負う可能性がありました。しかし改正後は、保証人が負うべき責任の上限額(極度額)は明瞭に定めて書面に記載しておかなければならないとされます。
また、個人が保証人になる根保証契約においては、次に挙げる一定の事情があればその後に発生する主債務は保証の対象外になることとされます。- 債権者が保証人の財産について強制執行や担保権の実行を申し立てて手続が開始されたとき
- 保証人が破産手続き開始の決定を受けたとき
- 主債務者または保証人が死亡したとき
このようなルールが設けられることによって、個人が無制限に保証債務を負わなければなくなるといった事態を避けることが期待できます。
4、退去時のトラブルを防止するためには
退去時のトラブルを防止するためには、入居前や契約時の確認が重要といえます。またトラブルの拡大を防止するためには、早期に弁護士へ相談することを検討するのが得策です。
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(1)入居前に部屋の状態をよく確認する
入居前には、部屋を実際にみて傷や汚れなどがあるかどうかを確認しておきましょう。
部屋に傷や汚れなどがあれば、入居前に不動産会社に伝えて修繕を求めるほか、証拠として写真などを撮っておくと退去時のトラブルを防止できる可能性があります。
また入居後も適切に掃除や管理を行って、できるだけ部屋をきれいに使うことも気を付けておくとよいでしょう。 -
(2)契約内容をよく確認する
賃貸契約については、内容が細かく、複雑な表現も多いことから、つい内容をよく確認しないまま、サインや押印してしまうことも少なくないでしょう。
しかし、重要事項の説明書や賃貸借契約書などはよく読んで内容を理解し、分からない部分や生じた疑問はひとつひとつ確認しておくことが大切です。
疑問が生じた場合は不動産会社へ確認し、明瞭な回答が得られないような場合は、国民生活センターや弁護士といった専門家へ相談することも一案です。 -
(3)弁護士などに相談する
賃貸物件の退去時のトラブルは、解決までに時間や手間がかかり精神的な負担も大きくなります。そういった場合には、ご自身だけで不動産会社などと交渉をするのではなく、弁護士に交渉を任せるのも選択肢に挙げられます。
弁護士は契約書をしっかりと確認したうえで、法的観点からトラブルの解決を図ります。さらなるトラブルが生じないような対策をアドバイスするほか、代理人として対応することも可能です。
5、まとめ
本コラムでは、賃貸物件の原状回復について改正点も踏まえて解説していきました。
今回の民法改正によって、法律で通常使用で経年変化した損傷などについては賃借人に原状回復義務がないことが明確になりました。ただし契約に明確な特約がある場合などには、民法よりも原状回復の範囲が広くなる可能性もあります。
そのためそれぞれのケースにおける具体的な判断は、弁護士などの専門家に相談するとよいでしょう。
ベリーベスト法律事務所 神戸オフィスの弁護士は、原状回復など賃貸トラブル全般のご相談をお受けしています。ぜひお気軽にご相談ください。
- この記事は公開日時点の法律をもとに執筆しています