昇進拒否をした社員を懲戒解雇したい! 企業が取れる対応方法とは
- 労働問題
- 昇進
- 拒否
兵庫県の雇用に関する統計によると、兵庫県内における令和5年4月の有効求人倍率は1.03倍でした。業種などによっては人手不足に悩まされている企業は少なくないと考えられます。他方で、従業員に対して昇進昇格の内示を行ったにもかかわらず、社員に昇進を拒否されてしまった、という事態を経験したことのある会社経営者の方もおられるでしょう。このような従業員への対応としては、最終的には懲戒処分も選択肢となりますが、懲戒解雇のような重い処分を行う場合には、事前に慎重な検討が必要となります。
本コラムでは、従業員が昇進の内示を拒否した場合に、会社が講ずべき対処法などについて、ベリーベスト法律事務所 神戸オフィスの弁護士が解説します。
1、昇進拒否を理由に従業員を懲戒解雇することは可能?
「適任だ」と考えて従業員に昇進を打診したにもかかわらず、従業員に拒否された場合、会社としては肩透かしを食らってしまうでしょう。
「やる気がないならクビにすればいい」と考える経営者もいらっしゃるかもしれませんが、労働者の権利は法律によって守られているために、安易に従業員を解雇するのは危険です。
まずは、昇進拒否を理由に従業員を懲戒解雇することができるのかどうかについて、法律的なポイントを解説します。
-
(1)昇進命令が会社の人事権の範囲内かどうかがポイント
従業員との雇用契約上、会社には従業員の人事異動や職務などを決定する「人事権」があります。
基本的に、従業員が昇進を受け入れる必要があるかどうかは、「昇進命令が会社の人事権の範囲内で行われているかどうか」によって判断されます。
たとえば、労働契約や就業規則で昇進や配置転換があり得る旨が規定されていれば、昇進命令が人事権の範囲内であると判断される可能性が高いでしょう。
ただし、昇進や配置転換の範囲について一定の制限が設けられている場合、その範囲を超えて昇進を打診するためには、従業員の同意を取得する必要があります。 -
(2)昇進が労働条件の不利益変更に当たる可能性にも注意
「昇進」といえば給料が上がることになり、従業員にとっては利益となるはずだ、と思われる方もいるでしょう。
しかし、従業員の立場からは、下記のようなデメリットを感じられる場合も多いのです。- 業務の負担が重くなる
- 拘束時間が増える
- 残業代が発生しなくなる
もし昇進が労働条件の不利益変更を伴う場合には、従業員の同意を得る必要があります(労働契約法第9条)。 -
(3)懲戒解雇は重すぎて違法になる可能性が高い
昇進命令が会社の人事権の範囲内であり、かつ昇進が労働条件の不利益変更を伴わない場合、従業員は昇進命令に従う義務を負うと考えられます。
従業員が義務を負っているのであれば、昇進命令を拒否した従業員に対しては、就業規則等への違反を理由に懲戒処分を行うことも可能です。
ただし、会社が従業員に対して懲戒処分を行う際には、従業員の行為の性質や態様などに照らして、社会通念上相当な範囲の処分に抑えなければなりません(労働契約法第15条)。
特に懲戒解雇については、懲戒処分の中で最も重い処分であるため、会社としては極めて慎重に検討することが必要になります。
普段の仕事はきちんとやっている従業員を、昇進命令を拒否したという理由だけで解雇することは、「解雇権濫用の法理」に違反して無効となる可能性が高い点に注意してください(同法第16条)。 -
(4)有能な従業員を懲戒解雇することは本末転倒
仮に従業員を懲戒解雇することが適法であるとしても、会社から昇進を打診するほど有能な従業員を解雇してしまうことは、会社にとって不利益になる可能性が高いでしょう。
適材適所の人員配置を考えることも、会社としての重要な役割です。
もし従業員から昇進を拒否された場合、そのポジションは別の従業員で穴埋めして、それぞれがモチベーションを維持できる領域で活躍してもらえるように、人事を調整することが、最善の対応である場合が多いでしょう。
2、昇進を拒否された場合に、会社がとるべき対応と注意点
昇進を拒否されてしまっても、当該の社員にそのポジションをどうしても任せたい場合には、会社としてはある程度強い態度で臨まざるを得ないケースもあるでしょう。
従業員との間でトラブルを生じさせないために、会社がとるべき対応と注意点を解説します。
-
(1)従業員の説得を試みる
まずは、昇進を拒否した従業員の説得を試みましょう。
説得にあたっては、「昇進によってどのように待遇が改善されるのか」「今後のキャリアにとっていかにプラスとなるのか」など、従業員にとってのメリットを強調することが効果的です。
また、従業員側から何らかの要望がある場合には、可能な限りそれを聞き入れて、従業員が快適に働けるような環境を整えましょう。 -
(2)「配置転換」として再度命令する
「昇進」ではなく「配置転換」を行うことが有効な場合もあります。
適法な人事権の範囲内であれば、仮に従業員の意向や希望に反する配置転換であっても、それだけで違法と評価されるわけではありません。
ただし、「配置転換」の場合にも、「昇進」の場合と同じように、その命令が会社の人事権の範囲内であるか、労働条件の不利益変更に当たらないかという点は、事前に十分検討することが求められます。 -
(3)段階的に懲戒処分を行う
配置転換の命令をかたくなに拒否する従業員に対しては、最終手段として懲戒処分を行うことも可能です。
ただし、前述した通り、従業員の行為の性質や態様などに照らして、社会通念上の相当性を欠く懲戒処分は無効となるおそれがあります(労働契約法第15条)。
そのため、懲戒処分を行うとしても、戒告やけん責などの軽い処分から段階的に行う必要があります。
減給以上の重い懲戒処分を検討する際には、違法な懲戒処分でないかどうかを確認するため、事前に弁護士へご相談いただくことをおすすめいたします。
3、昇進した従業員には残業代を支払わなくてよい?
昇進によって、従業員が労働基準法上の「管理監督者」(同法第41条第2号)に該当する場合には、会社は従業員に対して残業代を支払う必要がなくなります。
従業員が管理監督者に該当するかどうかは、以下の4つの要素から総合的に判断されます。
- ① 職務内容の重要性
- ② 職務上の責任・権限の重要性
- ③ 勤務態様が労働時間の規制になじまないこと
- ④ 賃金その他の待遇が、地位にふさわしいものであること
なお、昇進によっていわゆる「管理職」になったとしても、常に労働基準法上の「管理監督者」に当たるわけでは点に注意してください。
- 職務内容が昇進前とほとんど変わらない
- 部下に対する人事権が与えられていない
- 定時出勤、定時退勤を義務付けられている
- 賃金が昇進前とほとんど変わらない
特に中間管理職的な役職(課長・係長・店長など)は、労働基準法上の「管理監督者」に該当せず、残業代を支払う必要があるケースが大半です。
4、昇進に関する従業員とのトラブルを避けるための対策
有能な従業員との間で、昇進を巡ってトラブルになり、結果的にモチベーションを下げたり、離職を招いたりしてしまっては、会社としても本末転倒です。
昇進に関する従業員とのトラブルを避けるためには、以下のような対策を実施しましょう。
-
(1)日頃から従業員とコミュニケーションをとる
従業員に昇進を拒否されてトラブルになる背景には、会社と従業員のコミュニケーション不足が原因として存在するケースが多々あります。
従業員がどのような仕事やキャリア形成を希望しているのかについて、会社が十分把握していれば、昇進に関するトラブルのリスクを大幅に減らすことができます。
会社としては、上司などを通じて、各従業員と普段からコミュニケーションをとり、従業員のモチベーション管理に取り組むことが望ましいでしょう。 -
(2)顧問弁護士に相談して対応を決定する
実際に昇進を拒否する従業員が表れた場合でも、安易に懲戒解雇を含む懲戒処分を行うことは危険です。
従業員が懲戒処分の無効を主張して争ってくることも想定されますし、他の従業員に不信感を与えることにもなりかねません。
懲戒処分を行うことの利害得失については、顧問弁護士に相談しながら慎重に検討することをおすすめいたします。
会社の内情に精通した顧問弁護士に相談すれば、法的な観点に加えて、経営上の観点からも、どのような対応をとることができるのかについてアドバイスを受けることが可能です。
5、まとめ
会社の人事権の範囲内であり、かつ労働条件の不利益変更に当たらなければ、従業員は会社の昇進命令に従う義務があります。
適法な昇進命令を拒否する従業員に対しては、懲戒処分を行う余地もあります。
ただし、懲戒解雇は重すぎて違法となる可能性が高いほか、従業員のモチベーションを阻害する可能性も考慮して、処分の要否を慎重に検討することが必要になるのです。
ベリーベスト法律事務所では、各企業に対して顧問弁護士サービスをご提供しております。
人事・労務に関するトラブルを含めて、企業が直面する日常的な法律問題に関し、随時弁護士によるアドバイスをお求めいただけます。
兵庫県神戸市で事業を経営されている方で、従業員とのトラブルに関する対応や予防についてアドバイスを求めている方は、ベリーベスト法律事務所 神戸オフィスにまでご相談ください。
- この記事は公開日時点の法律をもとに執筆しています