従業員から残業代請求されたらどうする? 会社ができる対応方法とは

2020年01月29日
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従業員から残業代請求されたらどうする? 会社ができる対応方法とは

有名飲料メーカーの子会社に勤務する管理職97名が、固定残業代制度が導入された以後に発生した未払い残業代の支払いを企業側に求めて、民事調停の申し立てや訴訟提起をしたことが報道されました。請求総額は、4億円になる見通しとのことです。

このように、残業代を請求されると請求金額が膨れ上がることは、決して珍しいことではありません。もし労働者から残業代を請求されたら、会社側としてはどのように対応すればよいのでしょうか。べリーベスト法律事務所 神戸オフィスの弁護士が解説します。

1、残業代請求を受けたときのリスク

近年は、権利意識が高まっていることや、残業代請求に関する情報がインターネットなどで簡単に入手できることから、残業代請求に対するハードルが下がっていると考えられます。ただし、会社側が残業代を請求された場合、重大なリスクにさらされます。ここでは、具体的にどのようなリスクにさらされるのか、その要因と併せて解説します。

  1. (1)裁判になったら会社側が敗訴する可能性が高い

    まず、未払い残業代を請求されて労働審判や訴訟になると、会社側が敗訴する可能性が非常に高いと言えます。会社側がよほどしっかりとした証拠資料を揃えて臨まなければ、裁判所は労働者側の言い分に重きをおいて審判や訴訟を進め、結果として会社側が負けてしまうケースが多いのです。

  2. (2)遅延損害金・付加金を請求される

    労働審判や訴訟になると、未払い残業代に加えて遅延損害金や付加金を従業員から請求されるおそれがあります。会社が支払わなければならない遅延損害金は、請求した従業員が在籍している場合は年率6%、すでに退職している場合は年率14.6%にもなるため、遅延損害金の金額を抑えるためには1日も早く訴訟を終結させることが必要です。

    また、訴訟では従業員は付加金を請求することができますが、この金額は未払い残業代と同等の金額となります。この付加金にも、支払いが認められた日の翌日から、年率5%の遅延損害金が発生します。つまり、企業には未払い残業代の2倍以上もの金額を、従業員に支払わなければならない可能性があるのです。

  3. (3)他の従業員からも残業代請求をされる

    一度会社側が未払い残業代の存在を認めて支払ってしまうと、今までサービス残業にだまって応じていた他の従業員からも、未払い残業代を請求される可能性は少なくありません。人数が増えるにつれて、請求金額の総額が何百万円、何千万円もの単位に膨れ上がってしまうことも多いにあり得るでしょう。

  4. (4)企業イメージの低下

    従業員から未払い残業代を求めて訴訟を提起されると、そのことが明るみに出て世間に知られてしまいます。上場企業などの大手有名企業であれば、大々的にテレビや新聞などでも報じられるでしょう。そうすれば、世間一般からブラック企業のレッテルを貼られ、ブランドイメージの低下は避けられません。一度イメージが低下すると、信頼回復にもかなりの時間がかかることが予想されます。

2、企業側が勝訴した判例・敗訴した判例

残業代請求に関する訴訟では、近年従業員側に有利な判決が下るケースも多くみられます。しかし、状況によっては裁判所が従業員の主張を認めず、企業側を勝たせるケースも少なからずあります。ここでは、企業側が勝訴した判例と敗訴した判例について取り上げ、比較してみましょう。

  1. (1)企業側 勝訴判例① ビソー工業事件

    警備の請負等を事業とする会社が、病院から依頼を受けて警備業務に当たっていた事案です。この事案では、雇用していた警備員4名でローテーションを組み、2名が監視・巡回警備業務を行い、残り2名は待機して突発的な業務が生じた場合に対応することになっていました。仮眠・休憩をとるときにも最低2名は業務に従事することとされ、それ以外の仮眠をとる者は制服からパジャマに着替え、仮眠室で布団を敷いて就寝していました。この仮眠時間が労働時間に当たるかどうかが争われました

    裁判所は、仮眠時間中に業務を行った件数は1人当たり1年に1回にも満たないことを指摘し、「仮眠・休憩時間中に突発的な業務に対応して実作業を行った場合は時間外手当を請求するように」と指示があったとしても、制度上仮眠時間に業務に従事することが義務付けられていたとは言えず、実質的にも労務の提供が義務付けられていたわけではないとして、本件の仮眠時間は労働時間にはあたらないと判断されました。(仙台高裁平成25年2月13日判決)

  2. (2)企業側 勝訴判例② 日本ケミカル事件

    保健調剤薬局に勤める薬剤師が、会社側がみなし時間外手当として扱っていた「業務手当」について、これはいわゆる固定残業代ではないと訴え、割増賃金や遅延損害金・付加金の支払いを求めて争われました。

    本件は最高裁まで争われました。最高裁は、業務手当は本件の雇用契約や賃金体系からみると時間外労働に対する対価として支払われるものと位置付けられていたこと、業務手当の金額は実際の時間外労働の状況に照らして大きく乖離するものではないことを認定しました。その結果、支払われていた業務手当は、時間外労働への対価と認められると判断しました。(最高裁判所平成30年7月19日判決)

  3. (3)企業側 敗訴判例① エイテイズ事件

    衣料品やスポーツ用品のデザイン・製造・販売会社の技術課課長が、時間外・休日・深夜労働の割増賃金を求めて訴訟を提起した事件です。会社側は、技術課課長は管理監督者であると取り扱っていたため、残業代が支払われていませんでした。

    技術課課長はこれらの割増賃金のほか付加金も請求したところ、裁判所は現場のいわば職長という立場にすぎず、職務内容から管理監督者性が認められないと判断。会社に対し、未払いの賃金約646万円と同額の付加金を合わせて約1292万円の支払いを命じました。(神戸地裁尼崎支部平成20年3月27日・労判968号94頁)

  4. (4)企業側 敗訴判例② 大星ビル管理事件

    ビル管理会社の従業員として月に数回泊まり込みで勤務していたところ、会社は仮眠時間については労働時間に当たらないとの取り扱いにより割増賃金を支払っていませんでした。

    従業員は、仮眠時間も労働時間に当たると主張して訴訟を提起しました。これに対し裁判所は、仮眠時間でも仮眠室における待機と警報や電話等に対して直ちに相当の対応をすることが義務付けられていたことから、不活動時間でも労働からの解放が保障されておらず使用者の指揮命令下に置かれていたとして、労働時間に当たると判断しました(最高裁判所平成14年2月28日判決)。

3、会社側が反論できるポイント

従業員から未払い残業代を請求されたとき、会社側としてはどのように反論すればよいのでしょうか。会社側が反論できるポイントはいくつか考えられますが、ここではそのうち4つを取り上げ解説します。

  1. (1)時効が成立している

    従業員側の請求金額が多額である場合は、過去何年分にも遡って未払いとなっている残業代が含まれていると考えられます。現行の法制度では、給与支払日から過去2年分しか遡って請求できないことになっています。そのため、時効の成立を主張することで、支払うべき未払い残業代の金額をゼロにはできないまでも、減らすことができる可能性が高くなります。

  2. (2)残業代が発生していない

    残業が禁止されている会社や、残業する際には直属の上司の許可がいる会社の場合、残業を許可していないため、残業代が発生していない旨を主張することができるでしょう。
    ただし、従業員が許可なく残業しているのを知りつつ注意や指導をしなかったり、明らかに定時で仕事を終えることができないほどの量の業務を命じていたりすれば、黙示の命令があったとされてしまうので、注意が必要です。

  3. (3)みなし残業制度(固定残業代制度)を取り入れている

    みなし残業制度を取り入れている企業では、一定時間の残業代がすでに賃金や手当に含まれているので、残業代はすでに支払い済みであると主張できます。

    ただし、そのように主張するには、通常の労働時間に対する賃金と残業代に相当する賃金を、契約書や就業規則等に基づいて明確に判別できることが前提となります。

    また、従業員の実労働時間を算出し、あらかじめ定められた残業時間数を超えている場合、超えた部分については追加で残業代を支払わなければならないことに注意が必要です。

  4. (4)管理職(管理監督者)である

    労働基準法でいう「管理監督者」にあたる場合は、残業代を支払わなくてもよいとされています。そのため、当該従業員が部長や店長といった管理職であり、労働基準法上の管理監督者にあたる場合は、残業代の支払いは不要と主張することができます。

    ただし、労働基準法上の管理監督者は非常に狭く定義がされているものです。労働基準法上の管理監督者であることが認められるためには、その従業員が経営者と一体となって会社経営に関わっていること、出退勤の裁量が広く労務管理を受けていないこと、立場に見合った給与を受け取っていることなどが条件になります。

4、残業代請求をされたらどう対応すべき?

残業代請求をされたら、たった一人分だけでも数十万円から数百万円もの金額を支払わなければならない可能性があります。それが複数人分となると、支払わなければならない未払い残業代が高額になってしまうことも珍しくありません。そのため、残業代を請求されたらただちに弁護士に相談し、対策を講じることが大切です

  1. (1)残業代を算定する

    従業員側は不確かな情報をもとに労働時間を算出して残業代を計算していたり、時効が成立して請求できないはずの未払い残業代を請求したりしている可能性もあります。会社側は、タイムカードやそれに代わるシステムで労務管理をしているはずですので、今一度タイムカードなどの資料を基に、当該従業員の正確な労働時間を割り出し、残業代を算出してみましょう

  2. (2)改善対策をする

    一人の従業員に未払い残業代を支払ってしまうと、残業代が未払いなことに不満を抱えていた他の社員も次々と残業代請求をしてくることも考えられます。そうなってしまうと、未払い残業代の支払総額が数千万円から数億円にものぼり、キャッシュフローにも大きな影響を及ぼしかねません。

    労働時間制度や就業規則を見直して改善するなど、できるだけ早急に同じような事態にならないような対策を講じることが必要です

  3. (3)弁護士に相談する

    以上のように、たった一人の残業代請求が社内外に大きく影響を及ぼし、会社経営を左右する事態になることも考えられます。そのため、従業員に未払い残業代を請求されたら、残業代請求対応の経験が豊富な弁護士に相談し、指示を仰ぐことが非常に重要です

    相談のタイミングが早ければ早いほど、トラブルの火種が小さなうちに解決できる可能性が高くなります。未払い残業代を請求する内容証明郵便などが届いたら、できるだけ日を置かずに弁護士に相談するようにしましょう。

5、まとめ

従業員から未払い残業代を請求されていることが世間に知られると、企業イメージの低下や売上の減少にもつながります。そのため、残業代を請求された時点で一刻も早く対策を練ることが重要です。

ベリーベスト法律事務所 神戸オフィスでは、企業経営者や総務・人事担当者からのご相談を随時受け付けております。残業代請求などの労働問題の知見が豊富な弁護士が、貴社の状況や従業員からの主張をヒアリングして、最適な解決案を提示します。訴訟になった際も、代理人として最後までサポートいたします。従業員から残業代請求をされたら、すみやかに当事務所までご相談ください。

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